MMT FOR BEGINNERS

深掘りシリーズ 第2弾 ── MMT(現代貨幣理論)超入門

MMTってなに? ── 「財政赤字は問題ない」の本当の意味と限界

「政府はお金をいくらでも刷っていい」——そんな噂だけで語られがちなMMT(現代貨幣理論)。でも実際の主張はもっと精密で、はっきりした条件と限界が書き込まれています。経済学界では少数派ですが、政治や言論への影響力は大きい理論です。この記事では、賛成派・批判派どちらの声も尽くして、MMTの正体に迫ります。

支出(まず使う) (あとで回収する)

↑ これがMMTの出発点。「税金を集めてから使う」という家計の発想を、政府についてはひっくり返します。自国通貨を発行できる政府は、まず支出し、税はそのあとで通貨を回収する道具だと考えるのです。

CHAPTER 1

第1章 MMTの3つの主張

MMT(Modern Monetary Theory、現代貨幣理論)は、ステファニー・ケルトン、L・ランダル・レイ、ビル・ミッチェルらが体系化した経済理論です。「財源はいくらでもある」というキャッチーな噂だけが独り歩きしがちですが、本人たちの主張はもっと限定的で、条件つきです。まずはその条件から確認しましょう。

ここが大前提: MMTの主張が成り立つのは、①自国通貨を発行でき、②為替を 変動相場制 自国通貨と外国通貨の交換レートを、市場の需給に任せて動かす仕組み。 もっと詳しく → に任せていて、③外貨建ての債務を持たない政府だけです。この条件はMMT自身がはっきり明記しているもので、ユーロ加盟国(自国通貨を手放している)や、ドル建てで借金する新興国には当てはまらないと、MMT論者たち自身が繰り返し述べています。日本や米国、英国はこの条件を満たしますが、「MMTはどの国にも当てはまる万能理論」ではありません。

この条件を満たす国について、MMTは次の3つを主張します。

  • ①自国通貨建てでは財政破綻しない: 自国通貨を発行でき、 変動相場制 自国通貨と外国通貨の交換レートを、市場の需給に任せて動かす仕組み。 もっと詳しく → で、 外貨建て債務 自国通貨ではなく他国のお金で返さなければならない借金。 もっと詳しく → のない政府は、自国通貨建ての借金でデフォルト(債務不履行)することはない。お金が足りなくなって払えない、という事態が構造的に起きないという主張です。
  • ②本当の制約は「財源」ではなく「インフレと実物資源」: 政府が使えるお金の量そのものに上限はない。しかし、使えるモノやサービス、働き手の数には限りがあります。支出が実物資源の限界を超えると、インフレという形で制約が現れる。だから「財源があるかないか」ではなく「インフレになるかどうか」が本当の判断基準だ、とMMTは主張します。
  • ③税は財源集めの手段ではなく、道具: 税金は「政府の支出のための貯金箱」ではありません。MMTでは、税には次の3つの機能があるとされます。
    • (a) 自国通貨への需要を作り出す(需要とは、欲しいと思われる量のこと。納税義務があるから、みんなが自国通貨を欲しがる)
    • (b) 景気が過熱したときに購買力を吸収してインフレを抑える
    • (c) 格差を是正する
    あわせて、働きたい人全員に政府が最低賃金の仕事を保証する 就業保証プログラム 働きたい人全員に政府が最低賃金の仕事を保証する政策。MMTの政策的な柱。 もっと詳しく → (JGP)を、 完全雇用 働きたい人がほぼ全員、仕事に就けている状態。失業率0%は意味しない。 もっと詳しく → と物価安定を両立させる政策の柱として提案しています。

この3つに共通するのは、「政府の財政を家計や企業の家計簿と同じに考えるのは誤りだ」という視点です。あなたの家計は、まず収入を得てから支出を決めますよね。しかし自国通貨を発行できる政府は逆で、まず支出し、税はそのあとで通貨を回収する道具だ——これがMMTの一番の逆転の発想です。

研究の現在地メモ: 経済学界全体で見ると、MMTは少数派です。現在の学界の主流はニューケインジアン総合(深掘り第3弾「主流派経済学ってなに?」、比較地図トップのPART 1参照)で、大学院教育やFRB・日銀など中央銀行の分析モデルもこちらが標準です。一方で、政治・言論への影響力は学界内のシェア以上に大きいことは、批判する側の主流派経済学者も認めています。
CHAPTER 2

第2章 前提知識 ── お金はどう生まれるか

MMTの主張を理解するには、まず「お金はどうやって生まれるのか」を知っておく必要があります。ここでカギになるのが 内生的貨幣 銀行が貸出と同時に、借り手の口座へ新しい預金を記帳して生み出す仕組み。 もっと詳しく → という考え方です。

昔ながらの説明では、「銀行はまず預金を集めて、それを元手に貸し出す」とされてきました。でも実際の順番は逆です。銀行が企業や個人にお金を貸すとき、銀行は誰かの預金を右から左に動かしているのではなく、貸出と同時に、借り手の口座に新しい預金を記帳して生み出しています。「貸出が預金を生む」——これが 内生的貨幣 銀行が貸出と同時に、借り手の口座へ新しい預金を記帳して生み出す仕組み。 もっと詳しく → の核心です。

図解 お金が生まれるしくみ ── 「2階建て」の世界

2F ── 日本銀行の中の世界

日銀当座預金

銀行・政府・日銀だけが出入りできるフロアです。銀行どうしの支払いは、ここで完結します。

  • 銀行
  • 政府
  • 日銀
✨ ここでお金が生まれる

1F ── 私たちの世界

銀行預金

私たちや企業が、給料や買い物に使うお金です。銀行が貸し出すと、借り手の口座にこの預金が新しく書き足されます。

  • 私たち
  • 企業

誰かの預金を右から左に動かすのではなく、貸出と同時に口座へ新しい数字が書き足される──これが「貸出が預金を生む」( 内生的貨幣 銀行が貸出と同時に、借り手の口座へ新しい預金を記帳して生み出す仕組み。 もっと詳しく → )の意味です。

これはMMTだけの独自理論ではありません。2014年、イギリスの中央銀行であるイングランド銀行自身が、この仕組みを公式に認めました*1。「銀行がお金を生み出す」という順番自体は、いまや中央銀行も認める現代の標準的な理解なのです。

研究の現在地メモ: ただし解釈には差が残ります。主流派の多く(イングランド銀行自身を含む)は、「貸出が預金を生む」ことを認めます。そのうえで「それでも中央銀行は金利(お金を借りるときに上乗せして払う割合)を通じて、最終的に貨幣の量と経済全体をコントロールできる」と付け加えます。MMT側は、この「最終的なコントロール」の効き方をより弱く見る傾向があり、財政政策(政府の支出と税)の役割を相対的に大きく評価します。事実(貸出が預金を生む)は共有しつつ、そこから導く政策的な結論が分かれる、という構図です。

もっと詳しく: お金は生まれて、消える(信用創造のしくみ) ── 上の図は「銀行が貸し出す」場面だけを取り出したものです。 国債 政府が財政資金を調達するために発行する、借金の証書にあたる債券。 もっと詳しく → の利息や銀行預金の利息まで含めた、お金が生まれて消えるまでの全体像は、こちらのページでさらに詳しく解説しています。

CHAPTER 3

第3章 源流と歴史

MMTは2010年代に急に生まれた理論ではありません。100年以上前の貨幣論までさかのぼる系譜があります。

1905

クナップ『貨幣の国家理論』── 貨幣国定説

ドイツの経済学者ゲオルグ・フリードリヒ・クナップが、貨幣の価値は金などの商品に裏付けられるのではなく、国家が「これを納税手段として認める」と定めることで支えられる、という 表券主義 貨幣の価値は国家の権威(納税手段としての指定)が支えるという考え方。 もっと詳しく → (貨幣国定説)を提唱。MMTの貨幣観の最も古い源流とされます。

1930

ケインズ『貨幣論』

ケインズは主著『一般理論』(1936年)より前の『貨幣論』で、クナップの 表券主義 貨幣の価値は国家の権威(納税手段としての指定)が支えるという考え方。 もっと詳しく → 的な考え方を早い時期に取り込んでいました。「不況は政府が治せる」で知られるケインズですが、貨幣そのものの見方にもMMTとの接点があります。

1943

ラーナー「機能的財政論」

アバ・ラーナーは、財政の是非を「収支が均衡しているか」という会計上の健全性で判断するのではなく、「 完全雇用 働きたい人がほぼ全員、仕事に就けている状態。失業率0%は意味しない。 もっと詳しく → と物価安定という結果を実現できているか」で判断すべきだと論じました。「税収の範囲で支出する」という発想からの決別で、MMTの財政観に直結する考え方です。

1990年代後半

モズラー・レイ・ミッチェルが体系化

元金融トレーダーのウォーレン・モズラーが、政府支出の実務(オペレーション)の理解から理論の原型を作り、L・ランダル・レイ、ビル・ミッチェルらの経済学者がこれを学術的に体系化。「現代貨幣理論(MMT)」という名前でまとまった理論体系になりました。

2019

米国のグリーン・ニューディール論争で脚光

米国で気候変動対策と大型財政支出を組み合わせた「グリーン・ニューディール」の財源論争が起き、その理論的な後ろ盾としてMMTが一躍注目を集めます。同時に、主流派経済学者からの本格的な批判が集中したのもこの年でした(第4章)。

2020

ケルトン『財政赤字の神話』で一般化

ステファニー・ケルトンの一般向け書籍『財政赤字の神話(The Deficit Myth)』が刊行され、専門家の議論だったMMTが一気に一般読者にも広がりました。日本でも翻訳が反緊縮派(緊縮=歳出削減や増税で財政赤字を縮めようとする政策に反対する立場)の言論に大きな影響を与えています。

研究の現在地メモ ── 就業保証プログラム 働きたい人全員に政府が最低賃金の仕事を保証する政策。MMTの政策的な柱。 もっと詳しく → の起源論争: MMTの政策的な柱である 就業保証プログラム 働きたい人全員に政府が最低賃金の仕事を保証する政策。MMTの政策的な柱。 もっと詳しく → (JGP)は、しばしば「ハイマン・ミンスキーの構想の延長」と紹介されます。しかし、この起源づけには異論があります。MMTの中心人物であるビル・ミッチェル自身が、「就業保証の起源をミンスキーに帰すのは誤りだ」と述べており、実際にはモズラーと自分自身が独自に組み立てた「バッファーストック雇用」という構想に由来すると主張しています。理論の系譜は、当事者の間でも一枚岩ではないということです。
CHAPTER 4

第4章 主流派との大論争

MMTが一般に知られるようになった2019年、著名な主流派経済学者たちから、かなり手厳しい批判が相次ぎました。

△ 批判側の主張(2019年に集中)

元米財務長官のローレンス・サマーズは、ワシントン・ポスト紙への寄稿(2019年3月4日)で「左派によるMMTの受容は、破滅への処方箋だ」と切り捨てました。同じ2019年3月4日、元IMFチーフエコノミストのケネス・ロゴフは、プロジェクト・シンジケートに「Modern Monetary Nonsense(現代貨幣のナンセンス)」と題する論考を寄稿。ポール・クルーグマンは、ステファニー・ケルトンの「財政拡張は金利を下げる」という主張を「明らかに擁護不可能(obviously indefensible)」と批判しました(2019年2月)。

批判の核心は2点です。①インフレが起きたあと、政治家が増税や支出削減を機動的に決断するのは、現実には政治的にほぼ不可能。②財政政策で景気を細かく調整するには中央銀行の独立性を弱める必要があり、これは政治がインフレ的な政策に流れる危険を高める。

◎ MMT側の再反論

MMT論者たちは、これらの批判に対して次のように反論しています。「批判者たちはMMTの一次文献をきちんと読んでいない」「インフレという制約は、理論の最初から明記してきた。後付けの言い訳ではない」。

また、主流派が頼る「利上げ」についても、「利上げこそ、企業の倒産や失業を意図的に引き起こすことでインフレを抑える、痛みを伴う政策だ」と指摘。「議会が審議して決める増税のほうが、選挙で選ばれていない中央銀行が金利を動かすよりも、よほど民主的な意思決定ではないか」という論点も投げかけています。

研究の現在地メモ ── 「機動的な増税」という前提への反論: ただしMMT側は、「議会が裁量で機動的に増税する」という枠組みを自らの主張ではないとし、就業保証(JGP)を、賃金の基準を伴う自動安定化装置(景気の良し悪しに応じて、政治家の判断を待たずに自動的に効果が強まる仕組み)として働かせることが本来のインフレ抑制策だと反論しています。これに対し批判側は、その自動安定化装置が実際に十分な抑制力を持つかは検証されていないと再反論しています。

この論争、決着はついていません。「機動的な増税は政治的に不可能」という批判は、あとの第5章で見るコロナ後のインフレで、実際に増税ではなく利上げが使われたことで一定の説得力を持ちました。一方で「利上げは残酷だ」というMMT側の指摘も、失業や倒産という実際のコストを伴う以上、的外れとは言えません。どちらの言い分にも一理ある、というのが公平な受け止め方でしょう。批判側が立つ主流派の理論そのものの中身は、深掘り第3弾「主流派経済学ってなに?」で詳しく解説しています。

CHAPTER 5

第5章 コロナの審判 ── まだ決着していない

2020年、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、各国政府は空前の規模の財政出動(公共事業や給付金などで、政府が自ら支出を増やして景気を下支えする政策)に踏み切りました。給付金、雇用維持策、企業支援……税収の裏付けを気にせず政府がお金を出し続けたこの状況は、「事実上のMMTの実験」とまで呼ばれました。

△「反証された」という論調

2021年から2023年にかけて、主要国は約40年ぶりとなる高インフレに見舞われました。これを受けて、「ほら見たことか、MMTは反証された」という論調がメディア・言論で急増しました。MMTという言葉自体への言及も、この時期を境に大きく減っています。

◎ MMT側の反論

MMT論者たちの言い分は違います。「今回のインフレの主因は、財政出動そのものではなく、供給網の混乱や資源価格の高騰といった供給制約、そして企業の価格転嫁だ。実物資源の限界を超えれば制約が現れるという、MMTがもともと明記していた警告どおりの結果だ」というものです。

興味深いのは、この対立に主流派内部の実証研究が意外な角度から関わってくることです。ベン・バーナンキとオリヴィエ・ブランシャール(ともに元FRB・IMF系の重鎮)による分析*2は、インフレ急騰の主因を供給ショックに求めています。この結論は、皮肉なことに「主因は実物資源の制約」というMMT側の説明と部分的に重なります。ただし同じ研究は、持続的にインフレを抑えるには労働市場の需給が緩む必要があるとも結論しており、この部分は主流派の処方箋を支持しています。

研究の現在地メモ: だからといって、この一致がMMT全体を「証明した」わけではありません。政府は破綻しませんでした(第1章の主張①どおり)。しかし、インフレが起きたときに実際に使われたのは、MMTの処方箋(機動的な増税)ではなく、主流派の道具(急速な利上げ)でした。この点は第4章で見たJGPをめぐる反論と再反論がそのまま当てはまります(MMT側は機動的な増税ではなく就業保証(JGP)による自動安定化を本来のインフレ抑制策とし、批判側はその抑制力の検証不足を指摘しています)。この利上げが鎮静化に貢献したことも事実です。「政府が使うお金の量に上限はない」という診断は生き残りました。一方で「では制御はどう実行するのか」という実務面では、主流派の道具立てのほうが実際に動員されました。コロナ後の3年で見えてきたのは、そういう複雑な構図です。

判定:係争中 ── 支持派・批判派の双方が「自説の証拠」としてこの3年間を引用しています

CHAPTER 6

第6章 日本という実験場

MMT支持派・批判派の双方が、もっとも頻繁に引き合いに出す実例が日本です。巨額の政府債務を抱えながら、長期にわたって金利が上がらなかったという状況が、双方にとって「自分の理論が正しい証拠」に見えるからです。

  • 政府債務の対GDP(国内総生産。1年間に国内で新しく生み出された価値の合計)比 約206%(IMF「世界経済見通し」2026年4月版・2025年の値)。主要な先進国のなかで最も高い水準です。つまり、日本という国全体の借金は、1年間に生み出す価値の2倍以上ということです。なおIMFは2026年版から日本の債務の算定方法を見直しており、従来示されていた229.6%という数値とは直接比較できません。
  • 日銀の 国債 政府が財政資金を調達するために発行する、借金の証書にあたる債券。 もっと詳しく → 保有比率 約49%(2025年末に、3年半ぶりに5割を割った。ピークは2023年3月の53.3%)。つまり、日本の 国債 政府が財政資金を調達するために発行する、借金の証書にあたる債券。 もっと詳しく → の半分近くを、日本銀行という「同じ政府グループの中」が持っているということです。
  • 政策金利 中央銀行が上げ下げする基準の金利。住宅ローンや預金の金利にも波及する。 もっと詳しく → 1.0%(2026年6月16日、日銀は7対1の賛成多数で利上げを決定。1995年以来の水準)。つまり、あなたの住宅ローンや預金の金利にも影響する「基準の金利」が、約30年ぶりの水準まで上がったということです。
  • 2026年度の 国債 政府が財政資金を調達するために発行する、借金の証書にあたる債券。 もっと詳しく → 費 約31.3兆円(利払い費の増加を含む)。つまり、税金で集めたお金のかなりの部分が、借金の利払いに使われているということです。

「日本の債務の半分は、すでに実質的に中央銀行によって返済されている……」

ステファニー・ケルトン『財政赤字の神話』(原書 The Deficit Myth, pp.93-94)

ケルトンはこの本の中で、日銀が保有する 国債 政府が財政資金を調達するために発行する、借金の証書にあたる債券。 もっと詳しく → を実質的に「政府から中央銀行という、同じ政府部門内への移動」とみなし、日本の債務問題は世間で騒がれているほど深刻ではないと論じています。

一方、日本の政策当局はMMTのラベルを繰り返し拒否してきました。

「日本のマーケットをその実験場にするつもりはない」

麻生太郎財務相(2019年4月、財務相当時)

「自国通貨建て国債なら債務や財政赤字を考慮せず無制限に発行できる、という理解であれば、それは極端な主張であり受け入れがたい」

黒田東彦日銀総裁(2019年4月4日、参議院予算委員会・当時)
研究の現在地メモ ── 財務省2002年意見書の文脈: MMT支持派は、財務省が2002年4月30日に発表した意見書「外国格付け会社宛意見書」の「日・米など先進国の自国通貨建て 国債 政府が財政資金を調達するために発行する、借金の証書にあたる債券。 もっと詳しく → のデフォルトは考えられない」という一節を、自説の裏付けとしてしばしば引用します。ただしこの文書は、当時の日本 国債 政府が財政資金を調達するために発行する、借金の証書にあたる債券。 もっと詳しく → の格下げに対する反論が主眼で、「だから財政規律は不要だ」と述べたものではありません。引用する際は、この文脈を落とさないことが重要です。

日本でのMMTの受け止められ方には、もうひとつ特徴があります。学界での本格的な理論的支持というより、言論・政治の場で広がったという点です。中野剛志・藤井聡・森永康平ら反緊縮系の論客がMMTを積極的に紹介し、日本語圏での議論をリードしてきました(比較地図トップの日本編も参照)。

そして2026年の日本は、新しい局面に入りつつあります。長く「金利のない世界」だった日本に、 政策金利 中央銀行が上げ下げする基準の金利。住宅ローンや預金の金利にも波及する。 もっと詳しく → 1.0%という「金利のある世界」が戻ってきたのです。これはMMTの想定をどう試すのでしょうか。

△ 批判的に見る立場

低金利が続いたのは、デフレという特殊な局面のおかげだったのではないか。金利が上がり始めたことは、日本もついに「無限に大丈夫ではない」という現実に直面し始めた兆しだ、という見方です。 国債 政府が財政資金を調達するために発行する、借金の証書にあたる債券。 もっと詳しく → 費の増加は、その負担が具体的な数字として表れ始めた例だとされます。

◎ MMTの立場から見る

金利が上がったこと自体は、MMTの主張と矛盾しません。MMTが「破綻しない」と言っているのは自国通貨建て 国債 政府が財政資金を調達するために発行する、借金の証書にあたる債券。 もっと詳しく → のデフォルトの話であり、金利や物価が動かないとは一度も言っていないからです。 国債 政府が財政資金を調達するために発行する、借金の証書にあたる債券。 もっと詳しく → 費の増加はコストの話であって、支払い不能(デフォルト)の話ではない、というのがMMTの整合的な立場です。

どちらの見方が正しいかは、今後数年の推移を見ないと判断がつきません。日本という「実験」は、まだ結審していないのです。

CHAPTER 7

第7章 ユーロ圏 ── MMTが成り立たない場所を見ると、MMTがわかる

MMTを「日本や米国だけの特殊な理論」と考える人は、ユーロ圏を「MMTが通用しない例外」だと思いがちです。しかし実際は逆です。ユーロ圏は、MMTの枠組みがもっとも鮮明に効くケースです。MMTが読者に渡す道具はただひとつ、「この主体は通貨の発行者か、それとも利用者か」という問いだからです。

→ 表は横にスクロールできます

主体発行者/利用者帰結
日本政府(円)発行者自国通貨建ての支払い不能は起きない。制約はインフレ
ユーロ圏の加盟国政府利用者支払い不能は起こりうる
日本の地方自治体利用者同上(夕張市の財政破綻が実例)
家計・企業利用者同上

※通貨の「発行者」か「利用者」かで、財政破綻の起こりやすさが変わる、というのがMMTの基本ツールです。

ユーロ圏の加盟国政府は、ユーロという自分たちでは発行できない通貨を使っています。つまりMMTの分類では、通貨の発行者ではなく利用者です。ここが決定的な点です。MMT自身の理屈からしても、ユーロ圏の加盟国は支払い不能(デフォルト)に陥りうる、ということになります。ギリシャについて「借金しすぎるとデフォルトする」という主流派の懸念は、MMTの枠組みに照らしても正しい、という結論になるのです。つまりMMTは「借金は気にしなくていい」という理論ではなく、「気にすべきかどうかは、 通貨主権 自国通貨を発行し、変動相場制を採り、外貨建て債務を持たないこと。 もっと詳しく → を持っているかどうかで変わる」という理論だということです。

ここが誤解されやすいところ: 「日本はOK、ギリシャはNG」という二択で覚えるのは単純化しすぎです。MMTは 通貨主権 自国通貨を発行し、変動相場制を採り、外貨建て債務を持たないこと。 もっと詳しく → を程度の問題(スペクトラム)として扱っています。小規模で対外依存度の高い開放経済は、大規模な経済よりも政策の余地が小さいとされ、通貨を発行できるかどうかは白か黒かではなく、グラデーションのある話なのです。
研究の現在地メモ ── ウィン・ゴドリーの1992年の警告: MMTの直接の創始者ではありませんが、関連する系譜の経済学者に、ウィン・ゴドリーがいます。ゴドリーは、金融資産と負債の流れを整合的に追跡する「ストックフロー一貫モデル」の開発者で、2007年にはMMTに近いポスト・ケインジアンのマルク・ラヴォアとの共著『Monetary Economics』を出しています。そのゴドリーは早くも1992年、欧州通貨統合が始まる前の論考「Maastricht and All That」(『ロンドン・レビュー・オブ・ブックス』1992年10月8日)*3で、通貨の変動に代わる共通の財政政策がなければ、欧州の通貨統合には問題が生じると警告していました。

この一点を押さえると、日本の財政論争でよく聞く「国の借金を家計にたとえる」議論がなぜ噛み合わないのかも説明がつきます。家計や企業、そして日本の地方自治体(夕張市の財政破綻が実例です)は、いずれも通貨の「利用者」であり、支払い能力に上限があります。しかし通貨の「発行者」である日本政府は、それとは違う原理で動いている、というのがMMTの主張だからです。

CHAPTER 8

第8章 なぜ議論が噛み合わないのか

ここまで見てきたように、MMTをめぐる議論はしばしば噛み合いません。批判側はMMTを「お金を無限に刷れるという主張」だとみなし、MMT側は「批判者は一次文献を読んでいない」と反発する──このすれ違いは、いったいなぜ起きるのでしょうか。手がかりになるのは、MMTの敵対者ではなく、MMTにもっとも近い立場の論者からの指摘です。

「MMT(ネオ・チャータリスト)の議論は本質的に正しい(essentially correct)。しかし、その反直感的な主張の多くは、政府と中央銀行を一体のものとみなす、混乱を招く(confusing)・擬制的な(fictitious)統合に依存している」

マルク・ラヴォア(ポスト・ケインジアン。ウィン・ゴドリーとの共著『Monetary Economics』〈2007〉がある、MMTと同じ非主流派の系譜の経済学者)

ラヴォアの批判の核心は、「事実が間違っている」ではなく「その説明の仕方が誤解を生む」という点にあります。批判の矛先が、敵対する主流派からではなく近い立場の論者から出ているのは重要なポイントです。同じくポスト・ケインジアンのトマス・パリーも、MMTは「初歩的なケインズ経済学の言い換えにすぎない」としながらも、「単純化しすぎた分析」に陥りやすく、政策提案が深刻な金融不安定をもたらしうると指摘しています。

主流派からの評価も見ておきましょう。グレゴリー・マンキューは、MMTには「真実の核(kernels of truth)はあるが、その最も新奇な政策提言は前提から論理的に導かれていない」と評しています。ポール・クルーグマンは、財政赤字の擁護が行きすぎており、インフレへの含意を無視していると批判しています。2019年に行われたシカゴ大学ブース校(IGM)による経済学者への調査でも、主流派経済学者の多くはMMTの基本的な主張に同意しませんでした。

△ 実質的な批判もある(就業保証プログラムへの批判)

ウィレム・ブイターとキャサリン・マン(2019)は、 就業保証プログラム 働きたい人全員に政府が最低賃金の仕事を保証する政策。MMTの政策的な柱。 もっと詳しく → (JGP)の成功は実現困難な条件に依存すると指摘します。とくに懸念されるのは「民間雇用の押し出し」で、労働者がより高賃金・より楽な公的雇用を選んでしまうリスクです。マルコム・ソーヤーも、恒久的な組織体制の必要性、最低賃金との関係、公的雇用による民間雇用の代替、生産能力の制約という4つの欠陥を挙げています。

◎ すべてが誤解というわけではない

ここまでの批判を足し合わせると、ひとつの見立てが浮かび上がります。専門家の間では共有されている事実(第10章)を、一般向けにやや強く主張したために誤解を招いた、という見方です。これはラヴォアの評価(本質的に正しいが説明が混乱を招く)やマンキューの評価(真実の核はある)とも整合します。ただし、 就業保証プログラム 働きたい人全員に政府が最低賃金の仕事を保証する政策。MMTの政策的な柱。 もっと詳しく → への批判のように、誤解では片づけられない実質的な論点も残っています。批判のすべてが誤解というわけではありません。

ここが大事: 「誰かが意図的にMMTを潰そうとしている」という見立ては、ここまでの材料からは支持されません。近い立場の論者からも遠い立場の論者からも、それぞれ性格の異なる批判が独立に出ている、というのが実際の姿です。
CHAPTER 9

第9章 日本での受容 ── 政府・学界・論壇、三層のねじれ

ここまで見てきた「議論のすれ違い」は、日本というひとつの国の中でも、縮図のように再現されています。日本でのMMTの受け止められ方を整理すると、①政府・主流派学界・財務省・日銀、②非主流派の学界、③論壇・政治・一般書という3つの層で、まったく違う反応が同時に起きていることがわかります。この章では、その3つの層を順番に見ていきます。

① 政府・主流派学界・財務省・日銀 ── 否定的: もっとも公式な記録が残っているのは国会です。中谷一馬衆院議員(立憲民主党)は、第200回国会で「MMTに関する質問主意書」(衆質200第14号)を2019年10月4日に提出し、政府の見解をただしました。政府はその11日後の10月15日に内閣答弁書(安倍晋三内閣総理大臣名)で回答し、中谷議員はさらにその翌日の10月16日に再質問主意書(衆質200第33号)を提出しています。まず10月15日の答弁書の内容を要約すると、次のようになります。

  • 学界のMMTに基づく理論が具体的にどのような主張を指すのかは、必ずしも明らかではない、とした。
  • 日本をMMTの実例とする見方についても、日本はそうした考え方で政策運営をしているわけではなく、プライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字化目標を掲げて財政健全化に取り組んでいる、と回答した。
  • MMTを、自国通貨建て国債であれば政府はデフォルトしないので財政赤字や債務残高を考慮せずに景気安定化へ専念すべきだという考え方だと理解したうえで、そうした考え方は極端な主張であり、なかなか受け入れられないのではないか、という趣旨の答弁をした。

出典: 衆議院ウェブサイトに掲載されている質問主意書・答弁書(第200回国会、中谷一馬議員提出、衆質200第14号)。なお本ページでは答弁書本文の一字一句までは検証しておらず、上記は内容の趣旨をまとめた要約です。

研究の現在地メモ ── 「言い切らなかった」ことの意味: 中谷議員はさらに再質問主意書(衆質200第33号)で、財務省が2002年に示した「先進国の自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない」という見解(第6章)が、いまも政府の公式見解かどうかを「はい/いいえ」で答えるよう求めました。これに対し政府は、2002年の意見書が出された経緯を説明するにとどまり、「はい」とも「いいえ」とも明言しませんでした。MMT支持派がしばしば自説の根拠として引用するこの一文について、政府は肯定も否定もしなかった、ということです。この「言い切らなかった」という事実そのものが、MMTをめぐる日本の論争の構図をよく表しています。政府は「自国通貨建て国債はデフォルトしない」という技術的な事実そのものは正面から否定していませんが、それをMMTの政策的な結論(財政赤字を気にせず支出してよい)に結びつけることは、はっきり退けているのです。

日銀も、繰り返しMMTと距離を置いてきました。黒田東彦総裁(当時)は記者会見でこう述べています。

「MMTの理論は……きちんとした体系になっていない」「私も……極端な議論で適切なものとは思っておりません」「(日本の政策は)MMTとは全く何の関係もない」

黒田東彦日銀総裁(2019年4月25日、日銀総裁定例記者会見)

「(MMTの)理論モデルが必ずしもはっきりしない」「私はこの議論が有効であるとか正しいとは思っておりません」

黒田東彦日銀総裁(2019年7月30日、日銀総裁定例記者会見)

財務省の財政制度等審議会・財政制度分科会(2019年4月17日)の資料も、MMTに強く否定的な立場を取りました。ノーベル経済学賞受賞者ロバート・シラーの「極めて悪質」という評や、当時FRB議長だったジェローム・パウエルの「(財政)赤字は問題にならないという考えは全く誤っている」という発言、ポール・クルーグマンの批判などを列挙し、強い調子でMMTを否定的に紹介する内容でした。

ただし、主流派の経済学者による見方も一枚岩ではありません。主流派のマクロ経済学者である吉川洋は、2019年6月ごろ、日銀の大規模な金融緩和(いわゆる異次元緩和)について、国債を政府から直接引き受けているわけではないものの発行された国債の大半を間接的に買い入れており、実際には財政赤字を中央銀行の通貨発行で穴埋めする状態に近づいていて、MMTとの違いが分かりにくくなっている面がある、という趣旨の指摘をしています。これはMMTという理論そのものを支持する発言ではなく、日本の金融政策の実態がMMT的な状況に似てきている、という指摘です。MMTを否定する主流派の中にも、日本の金融政策の実態をこう見る声がある、ということです。

② 非主流派の査読誌 ── 論じ続けている: 「日本の学界はMMTをまったく相手にしなかった」と言われることがありますが、これは正確ではありません。標準的なマクロ経済学の教科書でMMTが中心的に扱われることはたしかに少ないものの、非主流派の査読誌では、継続的に論じられてきました。経済理論学会の『季刊経済理論』第55巻4号(2019年)は「貨幣的経済学の展開」という特集を組み、内藤敦之「貨幣の名目性:表券主義の貨幣理論」などの論考を掲載しています。同誌第54巻4号には松尾匡「反緊縮のマクロ経済政策理論」も掲載されました。佐藤一光の論考は『財政研究』第16巻(2020年)に載っています。なお、第8章で紹介したラヴォアの批判は、日本語圏の外の非主流派の学界での検討例で、論文「The monetary and fiscal nexus of neo-chartalism: a friendly critique」(Journal of Economic Issues 47巻1号、2013年、1〜32頁)に基づくものです。

加えて、より主流寄りの学術誌でも、MMTは批判的な検証の対象になっています。金井雄一「貨幣の内生性と現代貨幣理論(MMT)における論理不徹底」(『金融経済研究』第44巻、2021年)や、國枝繁樹「MMT(現代貨幣理論)はどこが間違っているのか?」(『証券レビュー』2021年、日本証券経済研究所)などが、その例です(いずれも論文名の紹介にとどめ、内容の詳細な要約はここでは行いません)。

つまり実態は、「学界がまったく相手にしなかった」わけでも、逆に「そのまま受け入れられた」わけでもなく、非主流派の専門誌では継続的に、より主流寄りの専門誌でも批判的な検証の対象として、賛否両面から論じられてきた、という姿です。「無視された」と「歓迎された」の二択ではなく、この中間の状態が正確な描写です。

③ 論壇・政治・一般書 ── 急速に拡散: 学界とは対照的に、論壇・政治・一般書の世界では、MMTは急速に広まりました。L・ランダル・レイ『MMT現代貨幣理論入門』(東洋経済新報社、2019年、島倉原監訳)、ステファニー・ケルトン『財政赤字の神話』(早川書房、2020年、土方奈美訳)、島倉原『MMTとは何か』(角川新書、2019年)、井上智洋『MMT 現代貨幣理論とは何か』(講談社選書メチエ、2019年)、森永康平『MMTが日本を救う』(宝島社新書、2020年)など、一般読者向けの書籍が相次いで刊行されました。

2019年7月16日には、ケルトン本人が来日し、東京・永田町の衆議院第一議員会館でMMT国際シンポジウムが開かれました(主催は京都大学レジリエンス実践ユニット、代表は藤井聡)。同年11月5日には、MMTのもう一人の代表的論者ビル・ミッチェルも来日し、第2回シンポジウムで講演しています。中野剛志(評論家・元経済産業省官僚)、松尾匡(立命館大学教授)、井上智洋(駒澤大学准教授)、島倉原(クレディセゾン主任研究員)、藤井聡(京都大学教授)、森永康平らが、日本語圏でのMMT紹介をリードしてきました(第6章でも触れたとおりです)。

ここが大事: 政府・日銀が否定的で、非主流派の学界だけが継続的に論じ、論壇・政治・一般書では急速に広まった──この三層のねじれは、事実として確認できます。しかし、そこから「主流派や政府が意図的にMMTを潰そうとした」と読むのは飛躍です。個々の論客がどんな動機を持っていたかを推測することは、この記事の範囲を超えます。ここで確認できるのは、肩書き・発言時点・発言内容だけです。

この三層のねじれの背景には、経済学という学問分野そのものの性格も関係していそうです。社会学者マリオン・フルカードらの研究(Fourcade, Ollion and Algan, “The Superiority of Economists,” Journal of Economic Perspectives 29巻1号、2015年、89〜114頁)は、経済学者どうしの論文が経済学の外の分野からはあまり引用されない一方、経済学の内部での引用は突出して多い(経済学81%に対し、社会学52%、人類学53%、政治学59%)ことを明らかにしました。研究者はこれを経済学という分野の「閉鎖性(insularity)」と呼んでいます。非主流派の理論が周縁化されやすい構造は、経済学という学問分野そのものに、もともとある程度組み込まれているのかもしれません。ただし、この構造上の傾向は「だからMMTの内容が正しい」ということを何も意味しません。あくまで、なぜ非主流派の理論が主流派の教科書に入りにくいのか、という構造の説明にとどまります。

CHAPTER 10

第10章 どこまでが「共有された事実」で、どこからが「論争」なのか

MMTをめぐる議論を整理する一番の近道は、MMTの主張を2つの層に分けて見ることです。①制度の説明(いまの貨幣システムはどう動いているかという記述)②政策の提案(だからこうすべきだという規範)です。この2つを混同することが、誤解のいちばん大きな原因になっています。

この章の見取り図: ①制度の説明は、複数の中央銀行や財務省、元FRB議長までもが公式に認めています。②政策の提案は、同じ機関がむしろ明確に否定しています。「MMTは公的機関にも認められている」も「MMTは異端で誰も相手にしていない」も、どちらも不正確です。

①制度の説明は、中央銀行自身が公式文書で認めています。「銀行の貸出が預金を生む」という 内生的貨幣 銀行が貸出と同時に、借り手の口座へ新しい預金を記帳して生み出す仕組み。 もっと詳しく → の仕組みは、第2章で見たとおり2014年にイングランド銀行が公式に認めました。ドイツの中央銀行であるドイツ連邦銀行も、2017年4月の月報でこう述べています*4

「銀行は帳簿への記帳だけで貨幣を作り出せる。これは『銀行は預かった預金の範囲でしか貸せない』という広く流布した誤解を反証するものである」「銀行が貸出と貨幣創造を行う能力は、手元に超過準備や預金があるかどうかとは無関係である」

ドイツ連邦銀行(Bundesbank)『月報』2017年4月号
研究の現在地メモ ── 「無制限に作れる」わけではない: ただしこの報告書は、同時に制約も列挙しています。①個々の銀行は採算をとる必要がある、②健全性規制(自己資本比率などのルール)を守らなければならない、③そもそも銀行以外の主体(企業や家計)からの借入需要がなければ貸出は増えない。「銀行はお金をいくらでも作れる」という理解は、この報告書自身が否定しているのです。

「自国通貨建てなら技術的にデフォルトしない」という論点も同様です。日本の財務省は2002年の意見書(第6章)で「日・米など先進国の自国通貨建て 国債 政府が財政資金を調達するために発行する、借金の証書にあたる債券。 もっと詳しく → のデフォルトは考えられない」と述べました。元FRB議長のアラン・グリーンスパンも、2011年8月7日のNBC番組「Meet the Press」で、米 国債 政府が財政資金を調達するために発行する、借金の証書にあたる債券。 もっと詳しく → の格下げについて問われ、次のように述べています。

「米国は自国が負っているどんな債務も支払える。そのためにいつでも通貨を発行できるからだ。したがってデフォルトの確率はゼロだ」

アラン・グリーンスパン(元FRB議長、2011年8月7日、NBC「Meet the Press」)*5

②しかし政策の提案は、同じ機関が明確に否定しています。「制度の説明を認めた」ことと「MMTという理論を認めた」ことはまったく別です。第6章で見たとおり、黒田東彦日銀総裁(当時)は2019年4月4日の参議院予算委員会で「自国通貨建て 国債 政府が財政資金を調達するために発行する、借金の証書にあたる債券。 もっと詳しく → なら債務や財政赤字を考慮せず無制限に発行できる、という理解であれば、それは極端な主張であり受け入れがたい」と述べ、麻生太郎財務相(当時)も2019年4月に「日本のマーケットをその実験場にするつもりはない」と述べています。公的機関が認めているのは制度の説明(①)であり、財政赤字を恐れず支出すべきだという政策の提案(②)ではない、ということです。

③両者が一致している制約は、インフレです。グリーンスパンは2005年の議会証言で、社会保障の給付についてこう述べています。

「現金給付は、どれだけ先まででも、どんな規模でも保証できる。しかしその購買力は保証できない」

アラン・グリーンスパン(元FRB議長、2005年の議会証言)

名目の支払いは政府がいつでも実行できます。しかし実質的な価値(実際に買えるモノやサービスの量)までは保証できません。この「制約はインフレ(購買力)にある」という論点は、MMT側も主流派側もほぼ一致して認めています。論争になっているのは「制約がインフレなのか、それとも財政収支そのものなのか」という一点です。

だから、MMTについて「正しい/間違っている」と一言で判定するのは、そもそも問いの立て方が粗すぎます。それよりも「いまはどちらの層の話をしているのか」を見分けることが、読者にとって実用的な道具になります。第12章で見る「よくある誤解」も、多くはこの2つの層の混同から生まれています。

CHAPTER 11

第11章 「破綻しない」の正しい読み方 ── なぜインフレになるのか

ここまでの章で、「自国通貨を発行できる国は、自国通貨建ての借金で支払い不能(デフォルト)にはならない」という考え方を、繰り返し見てきました(第1章・第7章・第10章)。しかし、これを「だからいくら使ってもかまわない」と読むのは、大きな誤解です。MMTの支持者も、そんなことは主張していません。

制約がなくなったわけではありません。制約が「支払い不能」から「インフレ」へと、形を変えただけなのです。第10章で紹介したグリーンスパンの言葉、「現金給付は保証できるが、その購買力は保証できない」を思い出してください。この章では、その一言の中身を、丁寧に見ていきます。

この章の軸 ── 「購買力」という考え方、お金の2つの顔: お金には、2つの顔があります。

額面(数字としての金額) 購買力(実際に買える量)

1万円札は、いつでも額面は1万円です。しかし、その1万円で買えるパンの数は、物価しだいで変わります。物価が2倍になれば、同じ1万円で買えるパンの数は半分に減ります。額面は変わらなくても、 購買力 同じお金で買える量のこと。物価が上がると目減りする。国が保証できるのは額面だけ。 もっと詳しく → は変わるのです。

通貨を発行できる国が確実に保証できるのは、この2つの顔のうち額面のほうだけです。「100万円払う」という約束は、極端に言えば、お金を刷ればいつでも守れます。しかし、その100万円で実際にどれだけのモノやサービスが買えるか( 購買力 同じお金で買える量のこと。物価が上がると目減りする。国が保証できるのは額面だけ。 もっと詳しく → )までは、誰にも保証できません。前段のグリーンスパンの発言は、まさにこのことを述べたものでした。

額面と 購買力 同じお金で買える量のこと。物価が上がると目減りする。国が保証できるのは額面だけ。 もっと詳しく → を分けて考えると、「破綻」という言葉の意味も、きれいに整理できます。

  • デフォルト(債務不履行): 額面すら払えなくなること。
  • インフレ: 額面は払えるが、 購買力 同じお金で買える量のこと。物価が上がると目減りする。国が保証できるのは額面だけ。 もっと詳しく → がすり減っていくこと。
  • ハイパーインフレ: 額面は払えているのに、 購買力 同じお金で買える量のこと。物価が上がると目減りする。国が保証できるのは額面だけ。 もっと詳しく → がほぼゼロになること。

「破綻しない」という言い方は、この3つのうちデフォルトを指しています。「額面の支払いは滞らない」という、かなり限定された意味です。「 購買力 同じお金で買える量のこと。物価が上がると目減りする。国が保証できるのは額面だけ。 もっと詳しく → まで守られる」とは、一言も言っていません。この章の後半で、この一語をもう一度回収します。

なぜインフレになるのか ── 鍵は「お金」ではなく「実物」: お金は、刷ってもそれ自体が価値を生むわけではありません。価値を生むのは、実際に作られるモノやサービスのほうです。政府がお金を使うということは、民間からモノやサービスを買う、あるいは給付を通じて人々の買う力を増やす、ということです。このとき、経済の状態によって結果が大きく変わります。

◎ 経済に余力があるとき(失業者がいる・工場が遊んでいる)

需要が増えると、企業は生産を増やして応えます。働いていなかった人が働き、止まっていた機械が動き出します。→ モノの量そのものが増えるので、物価はあまり上がりません。

△ 経済が満杯のとき(完全雇用・工場フル稼働)

これ以上、モノを増やせません。それでもお金だけが増えると、増えたお金は同じ量のモノを奪い合うことになります。→「少ないモノを、多いお金が追いかける」形になり、値段が上がります。

つまり、本当の上限は「お金の量」ではなく、「実物を作る力(供給能力)」にあります。MMTが「本当の制約はインフレと実物資源だ」(第1章)と主張しているのは、この意味です。この「お金が同じ量のモノを奪い合う」ようすは、トップページの局面別の処方箋で紹介している「浴槽のたとえ」の①需要過熱インフレと同じ図です。蛇口(お金の流入)を全開にしても、排水口(生産・供給)が追いつかなければ、水位(物価)は上がっていきます。あわせてご覧ください。

では、なぜ政府はお金を刷り続けられないのか: 経済が満杯の状態で、それでもお金を使い続ければ、物価はさらに上がります。物価が上がると、人々は「これからもっと上がる」と予想して、先に買っておこうとします。この予想がさらに需要を増やし、物価上昇が加速していく──これがインフレのスパイラル(らせん状の悪循環)です。

だからこそMMTも、インフレが加速し始めたら、支出を止める・税で買う力を吸収する・就業保証プログラム(JGP)で自動的に調整するといった制動が必要だとしています(第4章・第5章で見た議論につながります)。「無限にお金を使える」のではなく、「インフレにならない範囲でお金を使える」というのが、正確な言い方です。

ハイパーインフレ ── 「破綻していないが、破綻している」: ハイパーインフレは、いま見てきたインフレが極端になった状態です。ただし、たいていの場合、単に「お金を刷りすぎた」というだけで起きるわけではありません。戦争、生産設備の崩壊、外貨が手に入らなくなること、税を集める仕組みそのものの崩壊など、実物の供給が壊れてしまったところに、政府が支出や通貨発行を続けて火に油を注ぐ──こうした組み合わせで起きることがほとんどです。歴史的な例としては、1920年代前半のドイツ(ワイマール共和国)、2000年代後半のジンバブエ、2010年代後半以降のベネズエラが挙げられます(具体的な物価の倍率などの数値は、ここでは扱いません。仕組みの説明に絞ります)。

ここが誠実さの肝: このときその国は、自国通貨建ての借金について「支払い不能(デフォルト)」には、なっていないかもしれません。約束したお金は刷って払える、つまり額面は守られています。しかし──その額面の 購買力 同じお金で買える量のこと。物価が上がると目減りする。国が保証できるのは額面だけ。 もっと詳しく → は、ほぼゼロになります。貯金という数字は口座に残っているのに、パンが買えない。給料の額面は増えても、物価の上昇に追いつかない。契約という約束事が意味を失う。帳簿の上(額面)では破綻していないのに、暮らし(購買力)は破綻している。これが、「デフォルトはしていなくても、経済としては事実上の破綻」と言われる状態の正体です。

だから、「通貨を発行できる国は破綻しない」という言い方は、「支払いが滞らない」という、限定された意味で受け取るべきです。「何をしても痛みがない」という意味では、決してありません。失敗の形が「デフォルト」から「インフレ」に変わるだけで、失敗しうること自体は変わらないのです。

この章のまとめ: 通貨を発行できる国にとって、本当の問いは「お金が足りるか」ではありません。「モノを作る力が足りるか」です。「破綻しない」の正しい読み方は、「返済不能では潰れない。しかしインフレでは潰れうる」ということです。そして、これはMMTの支持派も批判派も、実は共有している理解です。両者が争っているのは、「その制動を金利でやるか、財政の側の仕組みでやるか」(第8章)という点であって、「制約があるかないか」ではありません。

CHAPTER 12

第12章 よくある誤解3つ

MMTはSNSや言論で語られる過程で、本人たちの主張とはズレた形で広まりがちです。よくある3つの誤解を確認しておきましょう。

  • 誤解①「お金を無限に刷れる」という理論だ: MMTは「財政的な制約はない」と言っているのではありません。制約の中身が「お金の量」ではなく「インフレと実物資源の限界」に変わる、と主張しているだけです。制約がなくなるのではなく、制約の場所が移るのです。
  • 誤解②「税金はもう要らない」という理論だ: 逆です。MMTでは税は、自国通貨への需要を作り出し、インフレを抑え、格差を是正するための重要な道具として位置づけられています。「税金不要論」どころか、税の役割を再定義する理論だと言うほうが正確です。
  • 誤解③「バラマキ政策」の名前だ: MMTは本来、いまの貨幣システムがどう動いているかを説明する記述的な理論(レンズ)として提案されたものです。特定の政党や政策のブランド名ではありません。ただし、 就業保証プログラム 働きたい人全員に政府が最低賃金の仕事を保証する政策。MMTの政策的な柱。 もっと詳しく → のように政策的な主張も強く伴うため、「これは単なる説明なのか、それとも政策提言なのか」という境界が曖昧に見えるのは事実で、この点はMMT論者自身の間でも力点の置き方に差があります。
ここがポイント: 「レンズ(現状の説明)」と「政策(こうすべきという主張)」が同じ理論の中に同居しているのがMMTの特徴です。この2つを分けて聞くと、議論がかなり整理されます。「政府はデフォルトしない」は前者(記述)寄り、「だからもっと財政出動すべきだ」「就業保証を導入すべきだ」は後者(政策提言)寄りです。
CHAPTER 13

第13章 まとめ ── レンズとしてのMMT

MMTの価値は、「財政赤字は常に悪」という思考のクセに、根拠を示して一石を投じたことにあります。政府の財政を家計簿と同じに考えるのは誤りだという指摘、そして「自国通貨建ての政府はデフォルトしない」という会計的な事実の整理は、批判的な主流派経済学者の間でも部分的に受け入れられています。もっとも主流派側は、それは以前から自明であり、MMTの新機軸ではないと反論しています。

一方で限界もはっきりしています。インフレが起きたときに機動的な増税を実行できるかという政治的な実行可能性、 通貨主権 自国通貨を発行し、変動相場制を採り、外貨建て債務を持たないこと。 もっと詳しく → を持たない国(ユーロ圏やドル建て債務国)には適用できないという射程の狭さ(第7章)、そして実証研究の蓄積がまだ十分でないこと。これらは、MMT自身も向き合い続けている課題です。

経済学界の中でMMTはいまも少数派です。ですが、「財政について考えるときの視点のひとつ」としては、賛成する人にも反対する人にも、一度は検討する価値があるレンズだと言えるでしょう。

局面によって処方箋がどう変わるかは、比較地図トップの局面別の処方箋で、MMTを含む6学派の比較として整理しています。またマルクス経済学との違いは、深掘りシリーズ第1弾「中学生からわかる『資本論』」の第7章(ほかの経済学と、なにがちがう?)でも解説していますので、あわせてご覧ください。

GLOSSARY

用語集

表券主義(貨幣国定説)
貨幣の価値は、金などの商品ではなく国家の権威(納税手段としての指定)によって支えられるという考え方。
内生的貨幣
銀行が貸し出しを実行すると同時に、借り手の口座に新しい預金を記帳して生み出す、という貨幣創造の順番についての考え方。「銀行はまず預金を集め、それを元手に貸し出す」という昔ながらの説明とは逆の順番になる。2014年にイングランド銀行が公式に認め、現代の標準的な理解として定着した。ただし、中央銀行が金利を通じて最終的に貨幣量をコントロールできるかどうかについては、主流派とMMTで評価が分かれる。
機能的財政論
財政の是非を収支均衡ではなく、完全雇用と物価安定という結果で判断すべきだとするアバ・ラーナーの理論。
就業保証プログラム(JGP)
働きたい人全員に政府が最低賃金の仕事を保証する政策。MMTの政策的な柱のひとつ。
通貨主権
自国通貨を発行し、変動相場制を採り、外貨建て債務を持たないこと。MMTの主張が成り立つための条件。
変動相場制
自国通貨と外国通貨の交換レート(為替レート)を、市場の需給に任せて動かす仕組み。政府・中央銀行が為替レートを固定せず、市場の取引に委ねる制度。対義語は固定相場制。通貨主権の条件の1つ。
外貨建て債務
自分の国のお金ではなく、他の国のお金(ドルなど)で返さなければいけない借金。元本・利子の支払いが自国通貨ではなく外国通貨建てで確定している債務で、自国通貨をいくら発行しても返済には使えない。通貨主権の条件のうち、これを持たないことが求められる。
完全雇用
働きたい人がほぼ全員、仕事に就けている状態。景気循環的な失業がなく労働市場が均衡している状態を指し、転職の合間などの摩擦的失業は残るため失業率0%を意味しない。

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FURTHER READING

参考文献

立場の異なる本・論考を並べています。まずは賛成派・批判派を1本ずつ読み比べてみることをおすすめします。

  • 中央銀行の公式資料Michael McLeay, Amar Radia and Ryland Thomas, “Money creation in the modern economy(現代経済における貨幣創造)”(イングランド銀行『四半期報告書』2014年第1四半期号) ── 「貸出が預金を生む」という内生的貨幣の仕組みを、イングランド銀行自身が公式に認めた文書。第2章で紹介。
  • 実証研究Ben S. Bernanke and Olivier Blanchard, “What Caused the U.S. Pandemic-Era Inflation?”(NBER Working Paper 31417、American Economic Journal: Macroeconomics誌 2025年掲載) ── コロナ後インフレの主因を供給ショックに求めた実証研究。第5章で紹介。
  • MMTと関連する系譜ウィン・ゴドリー「Maastricht and All That」(ロンドン・レビュー・オブ・ブックス、1992年10月8日) ── 共通の財政政策を欠いた欧州通貨統合への早期の警告。第7章で紹介。
  • 中央銀行の公式資料Deutsche Bundesbank, “The role of banks, non-banks and the central bank in the money creation process”(『月報』2017年4月号) ── 銀行が帳簿への記帳だけで貨幣を作り出せることを認めつつ、採算性・健全性規制・借入需要という制約も明記した文書。第10章で紹介。
  • 元FRB議長の発言アラン・グリーンスパン、NBC「Meet the Press」(2011年8月7日)・米議会証言(2005年) ── 自国通貨建て債務のデフォルト確率と、給付の購買力についての発言。第10章で紹介。
  • MMT入門ステファニー・ケルトン『財政赤字の神話』(2020) ── 一般向けの代表的入門書。日本の事例に言及(原書 The Deficit Myth, pp.93-94)。
  • MMT理論書L・ランダル・レイ『MMT現代貨幣理論入門』── より体系的な教科書。
  • 批判側ローレンス・サマーズ「左派のMMT受容は破滅への処方箋」(ワシントン・ポスト、2019年3月4日)
  • 批判側ケネス・ロゴフ「Modern Monetary Nonsense」(プロジェクト・シンジケート、2019年3月4日)

※本ページはこれらの出典をもとに、賛否両論を尽くして要約したものです。特定の政策的立場・投資判断を推奨する意図はありません。

このページで覚えておいてほしいこと

この記事は「経済学の地図」深掘りシリーズ第2弾です

MMTは、比較地図の6学派のひとつとして扱われる理論ですが、「財政をどう見るか」という視点そのものを問い直す点で、深掘りする価値があります。あわせて経済学の地図のトップページもご覧ください。

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