第1章 主流派とは何者か
中央銀行の標準モデル : FRB(米国)・日銀・ECB(欧州)など、世界の主要な中央銀行には、政策判断のシナリオ分析に使う標準的な分析モデル( DSGE動学的確率的一般均衡モデル。中央銀行が使う標準的な経済分析ツール。 もっと詳しく → 、第3章で解説)があります。これは、ニューケインジアンの枠組みを数式化したものです。 大学院教育の標準 : 世界の経済学系大学院で教えられるマクロ経済学の核は、この枠組みが土台になっています。 政策中枢の出身校 : ベン・バーナンキ(元FRB議長)、ジャネット・イエレン(元FRB議長・元米財務長官)、ポール・クルーグマン(ノーベル経済学賞受賞の経済学者。NYタイムズのコラムニストとしても知られる)ら。政策の中枢を担ってきた経済学者の多くが、この立場に立ちます。 -
インフレ目標 中央銀行が物価上昇率の数値目標を公約し、予想を安定させる金融政策の枠組み。 もっと詳しく → 2%という世界標準 : 「物価上昇率を2%に保つ」という数値目標は、いまや世界の主要中央銀行にほぼ共通の指針です。この枠組みが提供する処方箋のひとつです。
第2章 成立史 ── 3回の危機で作られた
限界革命 ── 「主観的な満足度」で価格を説明する
大恐慌とケインズ『一般理論』
サミュエルソンらの「新古典派総合」
スタグフレーションでケインズ派が失墜
フリードマンとルーカスの批判
ニューケインジアンの成立
もっと詳しく:このパターンの中身と、ボルカー・ショックの位置づけ
第3章 道具箱の中身
② テイラールール
テイラールール
③
④ DSGE
DSGE
第4章 実は認めていること ── よくある誤解の解消
もっと詳しく:アンプル・リザーブ体制と、教科書が遅れている中身
第5章 成績表 ── 勝ちと負けを正直に
◎ 勝ち
△ 負け
早川英男氏 : FRBやECBのようなフォワードルッキングな戦略の策定を欠くと批判。 渡辺努氏 : 副作用は緩和効果に比べ相対的に小さかったと擁護。 河野龍太郎氏 : 膨張したバランスシートの正常化には数十年を要すると後遺症リスクを指摘。
もっと詳しく:供給ショック説の実証研究と、FTPL・HANK・非線形フィリップス曲線という「修正の最前線」
第6章 挑戦者たちから見た主流派
△ MMTからの批判
◎ 主流派の再反論
△ マルクスからの批判
◎ 主流派の再反論
第7章 まとめ ── 折衷の現在形
用語集
新しい新古典派総合 ケインズ的な短期の考え方と、新古典派的な長期の考え方を組み合わせた、現在の主流派経済学の正式名称。ニューケインジアンとほぼ同義で使われる。 - メニューコスト
価格を変更する際にかかるコスト(値札の張り替えなど)。企業がすぐには値段を変えない「価格の粘着性」の理由のひとつ。 - テイラールール
インフレ率の目標からのズレと、需給ギャップから、目標金利を機械的に算出する公式。1993年にジョン・テイラーが提案。 インフレ目標 中央銀行が「物価上昇率を年2%程度にする」のように数値目標を公約し、人々の予想(期待)を安定させることを通じて運営する金融政策の枠組み。世界で最初に正式導入したのは1990年のニュージーランドで、現在は主要中央銀行の世界標準になっている。 - DSGEモデル
動学的確率的一般均衡モデル(Dynamic Stochastic General Equilibrium model)の略。ニューケインジアンの枠組みを数式化したもので、家計・企業・政府・中央銀行が将来を予想しながら行動する様子をコンピュータ上で再現する。FRB・日銀・ECBなど中央銀行の標準的な分析ツール。 - NAIRU
インフレを加速させない失業率の下限。この水準を下回ると、賃金・物価が上昇しやすくなるとされる目安。 大平穏期(Great Moderation) 1980年代半ばから2007年ごろまで続いた、インフレも景気変動も比較的穏やかだった時代の呼び名。 内生的貨幣 銀行が貸し出しを実行すると同時に、借り手の口座に新しい預金を記帳して生み出す、という貨幣創造の順番についての考え方。「銀行はまず預金を集め、それを元手に貸し出す」という昔ながらの説明とは逆の順番になる。2014年にイングランド銀行が公式に認め、現代の標準的な理解として定着した。ただし、中央銀行が金利を通じて最終的に貨幣量をコントロールできるかどうかについては、主流派とMMTで評価が分かれる。 公開市場操作 中央銀行が国債などの有価証券を市場で売り買いすることで、金融機関の準備預金量や短期金利を調整する金融政策の手段。 量的緩和(QE) 金利をこれ以上下げられない時に、中央銀行が国債などを大量購入してお金を市中に供給する政策。日本銀行が2001年に先行して導入し、2008年以降は各国の標準装備になった。 IORB(準備預金付利) Interest on Reserve Balancesの略。中央銀行が民間銀行の準備預金残高に対して支払う付利金利。この金利水準を上げ下げすることで政策金利を制御する(アンプル・リザーブ体制)。 アンプル・リザーブ体制 FRBが2019年から採用する政策金利の制御方式。準備預金の量を絞り込む「希少性の操作」ではなく、IORB(準備預金付利)などの管理金利を設定して金利を制御する。 FAIT(平均インフレ目標) 過去のインフレ未達を将来のオーバーシュートで埋め合わせる、2020年にFRBが導入した戦略。2025年の枠組みレビューで撤回され、伝統的な柔軟なインフレ目標(FIT)に回帰した。 FTPL(財政物価水準理論) 財政収支と物価水準を直接結びつける理論。ジョン・コクランらが代表的論者。コンセンサスではなく有力な一潮流。 - HANK
家計ごとの所得・資産の違い(異質性)を組み込んだニューケインジアンモデル。学術研究では主流化が進む一方、中央銀行の実務では計算負荷の重さから補完的な位置づけにとどまる。 折衷 対立する2つ以上の考え方の、良いところを組み合わせること。相反する立場や理論の要素を組み合わせて一つの体系にまとめることで、ニューケインジアンはケインズ経済学と新古典派経済学を時間軸で使い分ける折衷理論とされる。
参考文献
中央銀行の公式資料 Michael McLeay, Amar Radia and Ryland Thomas, “Money creation in the modern economy(現代経済における貨幣創造)”(イングランド銀行『四半期報告書』2014年第1四半期号) ── 「貸出が預金を生む」という内生的貨幣を中央銀行自身が公式に認めた文書。第4章で紹介。 標準教科書 N・グレゴリー・マンキュー『マンキュー経済学』── 世界で最も読まれている主流派の入門教科書。 標準教科書 ポール・クルーグマン、ロビン・ウェルズ『クルーグマン マクロ経済学』── ノーベル賞受賞者による、もう一つの定番教科書。 主流派・近年 オリヴィエ・ブランシャール『21世紀の財政政策』── 低金利・高債務の時代に、財政政策のあり方を主流派の枠組みから再検討した近年の代表作。 実証研究 Ben S. Bernanke and Olivier Blanchard, “What Caused the U.S. Pandemic-Era Inflation?”(NBER Working Paper 31417、American Economic Journal: Macroeconomics誌 2025年掲載) ── コロナ後インフレの主因を実証分析した研究。第5章で紹介。 公式レビュー FRB 2025年枠組みレビュー(2025年8月完了、ジャクソンホール会議で公表) ── FAIT撤回を含む枠組み見直しの一次資料。第5章で紹介。 公式レビュー 日本銀行「金融政策の多角的レビュー」(2024年12月19日公表) ── 非伝統的金融政策25年分の総括。第5章で紹介。 実証研究 Ihrig and Wolla(2022, Journal of Economic Education) ── 入門教科書とアンプル・リザーブ体制の整合性を採点した研究。第4章「教科書と実務の乖離」で紹介。
「主流」は「常に正しい」という意味ではありません。 いま、もっとも多くの経済学者と政策当局が採用している「標準」という意味です。 主流派の強みは、大平穏期の実現と、2008年・コロナという2度の恐慌を防いだ回復力です。 弱みは、2008年危機を事前に見通せなかったこと、2021年のインフレを「一時的」と読み違えたことです。どちらも消さずに並べて見るのが、正しい評価の仕方です。 政策金利が動けば、あなたの住宅ローンや預金の金利も動きます。 中央銀行の決定は、遠い世界の話ではありません。 この論争を見分けるコツ:批判に対して主流派が「無視」したのか「吸収」したのかを見ることです。 内生的貨幣や行動経済学のように、実際に道具箱へ組み込まれた批判もあれば、金利への依存度や階級・危機の内生性のように、いまも埋まっていない溝もあります。